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名古屋地方裁判所 昭和45年(わ)1177号 判決

被告人 鈴木恭一

昭五・四・一四生 喫茶店経営

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日より二年間、右刑の執行を猶予する。

押収してあるカセットテープ六三巻(昭和四五年押第二五七号の一ないし二三)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、かねてから肩書住居で喫茶店を経営するものであるが、昭和四五年四月一〇日ごろ、当時市販されていた雑誌に東京都豊島区東池袋四丁目一〇番地の一〇佐々木ビル内の株式会社松下製作所がサウンドステレオの販売代理店募集の広告をしているのを発見し、同代理店となり利を得ようと考え、同月二〇日ごろから同年五月一一日ごろまでの間に右の松下製作所から男女性交または同性交の擬態の際の男女の猥褻な感情等を露骨に表現した発声等をテープに録音した猥褻物である「クライマツクス」、「きものの女、ミニの女」、「悶絶」、「ミスの性」、「エロスの狂宴」、「歓喜」、「えつらく」および「サドとマゾ」等と題するカセツトテープを含む合計約一二一巻を、一〇〇円硬貨一枚を投入するごとに自動的に右カセツトテープの録音を再生聴取することができる装置を施した小型ステレオ約一二一台と共に買い受け、そのころ本判決末尾添付の頒布一覧表(略)の「頒布場所および被頒布者」欄記載の各ホテルまたはモーテルの支配人または営業責任者らと、収益のうち、その二割ないし三割を前同ホテルまたはモーテルの側において取得し、残余を被告人において取得する旨の契約をそれぞれ締結したうえ、右頒布一覧表記載のとおり、同月初旬ごろから同月二六日ごろまでの間、被告人自らまたは被告人方の支配人原俊司を介し、愛知県西春日井郡西枇杷島町大字下小田井字浮寄一番―六番所在のモーテルふじほか七箇所において、同モーテルの営業責任者熊沢豊ほか七名に対し、それぞれ前記男女性交または同性交の擬態の際の男女の猥褻な感情等を露骨に表現した発声等をテープに録音した猥褻物である前記頒布一覧表の「頒布カセツトテープの題名および巻数」欄記載のカセツトテープ合計六三巻(昭和四五年押第二五七号の一ないし二三)を貸与しもつて猥褻物を頒布したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人らは、本件のカセツトテープはすべて刑法第一七五条にいわゆる「猥褻物」に該当しないものであるから、被告人の本件所為は、同法条の猥褻物頒布罪を構成しない旨主張する。

よつて、案ずるに、刑法第一七五条にいわゆる「猥褻」の概念については、最高裁判所大法廷昭和三二年三月一三日判決(刑集一一巻三号九九七頁)が、大審院以来の判例と同旨の見解に立ち、猥褻文書についてではあるが、「その内容が徒らに性欲を興奮または刺戟せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する文書をいう」旨説示しており、さらにその後に言い渡された最高裁判所大法廷昭和四四年一〇月一五日判決(刑集二三巻一〇号一二三九頁)および最高裁判所第三小法廷昭和四五年四月七日判決(刑集二四巻四号一〇五頁)もそれぞれ前記最高裁判所大法廷判決と同趣旨の説示をしていることにかんがみれば、前記「猥褻」の概念は、判例上すでに確定しているものと解するのが相当であり、いまここで、右「猥褻」の概念を別異に解すべきいわれはなんら存しない。そしていまこれを本件カセツトテープについてみるに、押収してあるカセツトテープ六三巻(題名を「クライマツクス」とするもの一五巻((昭和四五年押第二五七号の一、四、七、一六、一九、二一))、同「悶絶」とするもの一八巻((同押号の二、六、一二、一五、一八、二三))、同「きものの女ミニの女」とするもの二四巻((同押号の三、一〇、一四、一七、二〇、二二))同「ミスの性」とするもの一巻((同押号の五))、同「エロスの狂宴」とするもの二巻((同押号の八))、同「歓喜」とするもの一巻((同押号の九))、同「えつらく」とするもの一巻((同押号の一一))、同「サドとマゾ」とするもの一巻((同押号の一三)))の各取調結果に徴すれば、前同カセツトテープによつて再生される録音は、すべての男女の会話または女性の独白、その他の発声に音楽を組み合わせて構成され、これを特別に設計装置された小型ステレオ(押収してある小型ステレオ四台((同押号の二四ないし二七))と同型のもの)一台に一巻宛組み込み、同ステレオの正面投入口に一〇〇円硬貨一枚を投入するごとに、自動的に約一〇分間、一チヤンネル分の録音部分が再生され、これが四チヤンネル分宛収録されているものであつて、俗に「ブルーテープ」と呼称される実際場面の発声等をそのまま収録したものとやや異なり、男女の声優が予め作成された脚本に基づき一定の筋書に従つて声による演技をしているものであることが認められる。しかし、その録音の内容は、音楽や波・風等自然の物音を組み合わせて、性的刺戟を幾分減少、緩和させようと試みられた点がないわけではないが、いずれも単にエロテイツクなものにとどまらず、単純な筋書により殊更誇張された卑わい下品な用語による台詞や奇異な発声等がその大部分であり、これによつて男女の性交またはこれに類似する性戯の場面等を極めて露骨に表現するものばかりであつて、専ら聴く者の性的興味に訴える意図のもとに作成されたものであることが明らかであり、到底公然と耳をかすに堪えない低俗なものであつて、人の性欲を徒らに刺戟し興奮させ、人をしていわゆる羞恥嫌悪の情を抱かしめるに足るものである。なお、近時アメリカ合衆国またはデンマーク、スエーデン等北欧諸国の風潮等による影響から一部では性の解放、フリーセツクス時代の到来などと称され、相当露骨な性的場面を収録した映画や雑誌等が公開、市販されているなどして性的道義観念にやや混乱を来たしていることは否定し得ないところであり、これらの事情を勘案しても本件カセツトテープによつて再生される各録音の内容が社会通念上容認されるものとは到底考えられない。従つて、本件カセツトテープはすべて刑法第一七五条にいわゆる「猥褻物」に該当すると解するのが相当であり、弁護人らの前記主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、包括して刑法第一七五条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条第二項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役四月に処し、その情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二五条第一項により、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、なお、押収してあるカセツトテープ六三巻(昭和四五年押第二五七号の一ないし二三)は、本件犯行を組成したものであつて、犯人以外の者に属しないことが明らかであるから、同法第一九条第一項第一号、第二項に従い、これを全部没収することとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(頒布一覧表略)

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